LOGINふと、本棚に並べてある瓶が目に入った。この瓶にはかつて、星が入っていた。そうちゃんが捕まえて、私の為にこの瓶に詰めてくれていたんだ。勿論、今ならただの金平糖だったってわかる。でもその当時は本当にそれが星だって信じていた。大きくなった今ですら、同じ金平糖でも、そうちゃんがくれたそれは市販の物とは全然別の、特別な物だと思っている。そうちゃんに会えなくなってからは自分で金平糖を買うようになった。金平糖を食べていれば、そうちゃんを側に感じられるような気がしたからだ。そうちゃんがくれた星が入っていた瓶は、全て捨てずに取っておいていた。今はその瓶の中に小物を入れている。自転車の鍵や文房具を入れるのに重宝していた。私はずっと、その瓶と共に育った。だからかな。私はずっと、そうちゃんと一緒にいる気がしていた。今思えば、高校当時気になった人もそうちゃんに心なしか似ていたのかもしれない。だから速水くんがロミオに現れたときには驚いた。そうちゃんとついに再会できたと思った。でも速水くんがそうちゃん本人なのか、未だ確認出来ていない。どうして私、速水くんに聞けないんだろう?きっと、怖いのかもしれない。速水くんに「違います」って言われたら私はその場で崩れると思う。速水くんがそうちゃんだったとして、私のことをすっかり忘れていたら、それでも私はきっと崩れる。速水くんがそうちゃんだったとして、「それが何?」って言われるのも怖い。私きっと言葉に詰まる。「ずっと会いたかった」なんて言ったら私、ストーカーにされてしまうかな?惚れてないとはいえ、彼氏持ちがバレてしまったのも痛い。彼氏持ちのくせに「ずっと会いたかった」なんて言ったって説得力が無さ過ぎる。うん、伊沢くんとはやっぱり別れよう。別れるにはまず、会いに行かないと。3月のバイト代の大半を捧げることになるけどしょうがない。筋は通さなきゃ。胸張ってスタートラインに立つ。私の道の、第一歩だ!手帳に挟んだバイトのシフトを確認する。今度の土曜日は空いている。日帰りで行って、日曜は昼までダラダラと寝て、夕方からバイトを頑張る。メンタル大変だけど頑張ろう。日曜のシフトは亜樹と一緒だ。日曜のバイトの後のおしゃべりで、店長と亜樹に伊沢くんとのことを報告しよう。そこできっと、一区切りつく。伊沢くん、すんなり諦めてくれるかな?彼はきっ
──は?サークルにはチャラい奴しかいないって言いたいの?「まだ見学すらしてないからそれは何とも言えないけど。私、部活ほどしっかりやろうとは思ってないから」「そういう奴らがいるのがサークルなんだろ?桃歌には似合わない」呼び捨てされました。なんでだろう?彼氏に名前呼びされたら嬉しいものだと思うんだけど。私、さっきの名前呼び、ちょっとイラッとしたかも。ていうかそのそういう奴らに今私を含めたよね?「──私がどこに入ろうが、私の自由だと思うんだけど」「でも桃歌は俺の彼女だろ」この人は、私を束縛したいってこと?「ごめん、お母さんが呼んでるから切るね」「え、ちょ、桃歌」まだ伊沢くんの声がしたけど通話ボタンを容赦なく切った。あれ以上会話してたらきっと喧嘩になった。彼は私にサークルに入って欲しくないみたいだ。でもサークルに入るかどうかを決めるのは、私の自由なはず。そうか。伊沢くんは私に自分の言うこと聞いて欲しいのか。でも私は彼の言いなりになるつもりは無い。だって惚れてないから。惚れてたら言うこと聞いていたかもしれない。そんな付き合い方をしているカップルもいるかもしれない。でも私達は?そもそも私、やっぱり伊沢くんに惚れていない。イライラしてるだけ。これはやっぱり、お別れした方がいいのかもしれない。あーあ。何だか、次元が低いな。速水くんは自分の道とやらの為に彼女と別れたというのに。対して私は、好きでも無い人と勢いで付き合って、結局別れを考えている。伊沢くんは、人生初彼氏だった。あれ?もう私過去形で言ってる。私には高校生当時、気になる人はいたけど見ていただけで、そこからの進展は全く無かった。はい、恋愛偏差値限りなくゼロです。認めます。そこへ高校の卒業式に大逆転イベント。男子から告られる。私の高校生活、挽回できる。そう思った。でも、好きでもない相手との遠距離恋愛は甘くない。そもそも恋愛と名を付けて良いのかどうかも怪しい。結局好きになれなくて、束縛されてイライラして、喧嘩になりそうで逃げて。こんなの、私が求めてたものじゃない。じゃあ、私が求めてたものって何だ?それこそが私の、自分の道とやらのヒントになっていくのかもしれない。少なくとも、惚れてない相手に束縛される人生を求めていたわけじゃない。まずは──。伊沢くんとお別れ
「知らずに同じ大学の野球部に2人とも入ったんだ」「それ運命じゃない?」花音のオムライスがもう残り少ない。食べるの早いな。「付き合ってんの?」百永がラーメンを口から吐きかけた。何とか口の中で事件は収められたみたいだけど、ラーメンを吐かないのは女子の意地だよね。「ちょ、桃歌……」お水を口にして深呼吸する百永は、息を整えようと試みていた。「──百永?」百永の頭上から低い声が降ってきた。皆一斉に見上げると、陽に焼けた長身の、体格の良さそうな男子がそこにいた。彼の姿を視界に入れた百永は再び頬を染めた。さっきよりもより紅く。「え、永翔《えいと》くん……」「今日のミーティング、17時からに変更だって」「あ、ありがとう」「お前大丈夫?」「へっ?」「さっきラーメン吐きかけてなかった?」「吐きかけてない!」「ふーん。じゃな」私達と同じく数人で行動していたであろう彼は、その集団へと戻っていった。百永に視線を集中している皆のにやにやが止まらない。「部活の恋かあ。いいなあ」花音が遠い目をして最後のオムライスを食べ切った。「花音も何か入ったら?桃歌も」さっきの赤面はどこに行ったのか。表情を整えた百永が明るく言い放った。亜樹と百永とは違い、花音も私も部活やサークルには無所属だった。「出会い目的で入るのは、何だかなあって思っちゃうんだよね」一応私、彼氏いるしね。彼氏いるのに出会い目的って思われるのも今後の大学生活に響きそうだし?「出会い目的で入るのは、何だかなあって思っちゃうんだよね」一応私、彼氏いるしね。彼氏いるのに出会い目的って思われるのも今後の大学生活に響きそうだし?「出会いって男女の出会いだけじゃないじゃん?人脈作るっていう目的があってもいいし。それとも我が剣道部に入る?今なら私がみっちり」「け、剣道部はいいや。桃歌は?」ちぇ、と一瞬だけむくれた亜樹は付け合わせのキャベツに箸をつけた。「人脈、ねえ。部活ほど本気じゃなくてもいいから、何かサークル入ってもいいかもなあとは思ってる」入学式の出口周辺で貰った沢山のサークルの勧誘チラシ。今日帰ったらちゃんと読んでみようかな。『伊沢くん、部活とかサークルとか、入った?』3限が始まる直前。ふと思い立って伊沢くんにLINEで聞いてみた。伊沢くんも部活とかサークルに入ってるなら、私も入っても
「今は恋愛よりも、自分の道を創りたいんです」そこそこ混んでる電車に揺られ、ぼんやりと何も見えない車窓を見つめる。地下鉄は便利だけど、景色が見られないってつまんない。速水くんの昨夜の言葉がずっと頭に残っていた。自分の道か。それって伊沢くんと別れるのに言い訳になるかな?やっぱ別れたいのかな、私。そこまで嫌ではないんだけど。でも好きにもなっていないの。なのにお互いを縛るのって何か意味はあるのかな。初めましてが多いから彼氏の有無を聞かれることが多い。彼氏がいないって言うよりもいるって言った方が何となくマウントを上にしてもらえるのは気のせいではないと思う。伊沢くんと付き合ってるメリットってこれぐらい。これ絶対恋じゃない。何だかな。自分の道を模索してる速水くん。何となくマウントを上にしてもらう為だけに恋ができない相手と付き合ってる私。どちらが人間としての価値が高いかって言われたら……考えるのをやめたくなる。速水くんが本当にそうちゃんだったら。今の私を見てがっかりするかな?伊沢くんと別れることよりも、そうちゃんにがっかりされる方が、私、嫌かもしれない。「──桃歌。桃歌!」大学の最寄り、桜丘駅の改札を出た辺りで私に声を掛けたのは花音だった。「おはよう。1限って早いよね」花音は今日も控えめに華やかだ。アイライン綺麗に引けてるな。私、アイライン引くの苦手なんだよね。「いやいや桃歌、高校より始まりが遅いじゃん?」「昨日バイトだったから」昨日のおしゃべりが盛り上がっちゃって、帰宅したのは午前1時に近かった。両親が爆睡してて良かった。「バイトなんだったっけ?」「喫茶店。ロミオってあるじゃん」「あるね。どこの?」「地元の駅の近く。そうだ、亜樹も同じロミオでバイトするんだって」「そうなの?桃歌ちょっと先輩?」「亜樹は高校の時にロミオでバイトしてたみたいだから亜樹の方が先輩になるみたい」緩やかな坂を登り切ると校舎が見えた。買ったばかりのピンヒールで駅の階段とこの坂道って靴擦れができそうでヒヤヒヤする。前方に亜樹と百永が見えた。自然と私と花音の歩くスピードが上がる。声を掛けようとした花音を制した。そうっと近づいて、驚かせてやろう。2人の真後ろに近づく。「おはよ!」2人して肩がびくっと動いた。「ちょ、桃歌……」「びっくりするじゃん」呆れ顔
「速水くんは白雪さんと同じ大学なんだって?」アイスコーヒーを片手に店長、いきなりぶっ込んできたな。私の隣に座る速水くんが私に視線を送る。真横でその流し目、ちょっと心臓に悪い。イケメンの流し目は予告必須でしょうに。「大学同じ、なんですか?俺市立大の教育学部ですけど」「速水くん。白雪さんは速水くんと同い年だから敬語じゃなくても」「私も市立大の教育学部なの。中等国語科」「そうですか」うゔ。なんか塩じゃない?この速水くんは。この人本当にそうちゃんなんだろうか。他人の空似の同姓同名のやっぱり他人パターンかも。そうか。違うのか。がっかり。「速水くん、学科は?」「俺は国際コースです」市立大の教育学部には教員養成課程と国際コースと環境教育コースと……あと何だっけ?自分が受けない学科については全く調べてなかったからよく分かんない。「国際コースってことは留学とかするの?」煙の出ないタイプの煙草を口にして、私達のいない方向に息を吐く。直接喰らったこと無いけど、あの息はやっぱり煙草臭いのかな。「留学はするつもりでいます。その為のバイトなんで」「そうか。面接でも言ってたな」私が接客で忙しい中のあの面接で、速水くんは留学について語っていたのか。ちょっと聞きたかったかも。熱く語ったのかな。「白雪さんはバイトで金貯めて何かやるんですか?」「えっ……と、特に、は……」急に速水くんに話を振られて動揺した。ただ話題を振られただけなのに。動揺し過ぎ、私。てか"何か"って何よ。“何か"が無いとバイトしちゃいけないわけ?「白雪さんは大阪の彼氏に会いに行く交通費にするんじゃないの?」え、ちょっと店長。彼氏の話とか、やめてよ。そうちゃんかもしれない人の前で。「遠距離恋愛ってやつですか」「遠距離……ん、まあ」冷たい目。「こいつ、恋愛しかしてない浮かれたその辺の女なんだな」って目が言ってる。そこまで塩にならなくてもいいじゃん。恋愛ぐらいしたっていいじゃない。あんまり、知られたくなかった。そうちゃんかもしれない速水くんに、私に彼氏がいるなんて。そもそも伊沢くんとは恋にすらなってない相手だというのに。やっぱり私、伊沢くんには恋が出来ないのかもしれない。付き合って1ヶ月も経ってないけど、やっぱりやめていいかな?私、ひどいやつかな?「速水くんは?彼女は」「……遠距離になっ
LINEを閉じた。また伊沢くんからメッセージが届いたけど既読は付けない。バイト中にバイトじゃない理由で疲れるのは嫌だ。伊沢くんとLINEをすると疲れる。他の人だと疲れないんだけどな。これは伊沢くんに恋をしていない証拠なのかもしれない。それでもまだ別れないのは彼氏がいるというステータスと、まだ付き合って1ヶ月も経っていないということが理由だった。もしかしたら、ちゃんとデートしたら恋ができるかもしれない。デート……。会いに行くのか。新幹線代を使って。行くなら5月の連休とか?でもそのあたりって、出来ればバイトに入ってお金を稼ぎたい。伊沢くんがこっちに帰ってきてくれればいいのに。そうしたら私が新幹線代を気にしなくて良くなるのに。わかっている。その考えには伊沢くんに対する思いやりというものが、かけらも存在しないということぐらい。卒業式ぎりぎりじゃなくて、もっと前から付き合ってれば違ったのかな。新幹線代なんて気にしないで会いに行けるくらい、私は伊沢くんを好きになってから遠距離恋愛を始めたら良かったのにな。会いたくて会いたくて震えるとか。私は伊沢くんに対してそう思ったことは一度も無い。この先、そんな日が本当に来るのだろうか?「──速水です。よろしくお願いします」速水くんの、バイトデビューのその日。私はシフトに入っていた。今日のホールは私と速水くん。キッチンは店長だけ。大丈夫か今日。「白雪です。速水くん、下の名前は?」「蒼」「そう?」「はい、そうです」名前、そうちゃんと全く一緒!やっぱり、速水くんはそうちゃんなのかな?「あの、お母さんって……」「お客さん、来ましたけど」彼のお母さんの名前を聞こうとしたと同時にドアベルが揺れた。しまった!接客教えないとだった。何やってんの私!「いらっしゃいませー!お客様2名様でよろしいですかー?こちら奥の席どうぞー」すらすらと口から出る定型文にも慣れてきた。今度は速水くんが慣れないとなんだけど。「お冷とおしぼり、2人分持ってって」「注文はどうします?」「今は覚えて!たぶんドリンクだから。ハンディーの使い方は後で教える」速水くんの後ろ姿を見送りつつ、彼の声が聞こえるぐらいの距離でできる雑用を探す。……本棚の整理でもしようか。──うん、問題無いね。ホット